onnel

Jan 11

“健太君
 「日本は民営ギャンブル禁止の国なのに、なんでパチンコ屋は駅前で堂々と営業してるんですか?」

おまわりさん
 「それはね、パチンコ屋は”三店方式”を取っているので、直接換金に携わっていないんだ。だからパチの営業は合法なんだよ。」

健太君
 「じゃあ将来僕も、”健太君鉄火場”っていう賭博上を開店しても、三店方式を取れば駅前で営業できるんだね!」

おまわりさん
 「健太君ダメだよ!そんなことしたらあっという間にお巡りにしょっ引かれるよ!」

健太君
 「なんでパチンコ屋は良くて僕はダメなの?」

おまわりさん
 「・・・」

健太君
 「なんでなんで?なんでなんでなんでなんで!?」

おまわりさん
 「・・・」

健太君
 「なん・・・」

おまわりさん
 「クソガキうっせんだよ!!!つまんねえ質問してくんじゃねえよ!ダメなもんはダメなんだよ!!」” — 【社会】 “健全サイト” モバゲー「怪盗ロワイヤル」で、20~30代のいい大人が詐欺や中傷の被害に遭う (via yzat)

(via 430c)

Dec 19

セカンドパーティのコピペ

元スクウェアスタッフのほとんどは任天堂のセカンドに

元スク独立組
・アルファドリーム
マリオRPGを開発していた縁で、マリルイRPGの開発を任される。最新作は世界で250万本突破

・スキップ
スクウェア→ラブデリックからさらに独立、同じくマリオRPG開発の縁からチビロボ、Artstyleシリーズを担当

・バンプール
スキップと同じくラブデリックから独立。チンクルなどを開発

・モノリスソフト
旧ナムコの出資を受けて独立、その後任天堂の子会社に。

・ブラウニーブラウン
任天堂100%出資の子会社。現在レベルファイブのファンタジーライフを開発中

元コナミ
・グッドフィール
ゴエモンなどを手がけていた開発者が設立。アクションゲームの開発能力を評価されワリオランドシェイクを手がける。
現在は毛糸のカービィなど

みょんについて語るスレ

9 : ななしのよっしん :2008/08/08(金) 17:10:37 ID: kYlI2DnLut
    最初のみょんの直後に、みんながひょんひょんひょんひょん言うのを聞かされてたことによる言い間違えではないかというニュアンスの指摘を霊夢がしてますね。
    最後の鳴き声はいつ見てもかわいい…

10 : :2008/10/01(水) 03:27:10 ID: Om1VKsoYkU
    類義語「きゃん」「ひゅい」「うにゅ」etc.

    結論:東方ではよくあること
11 : ななしのよっしん :2008/10/01(水) 03:34:33 ID: pF//c7uzoB
    そういえばきゃんの記事は無いんだなw小町涙目wwww
12 : 甘味一筋二十年 ◆TotenGHmrQ :2008/10/01(水) 15:22:53 ID: qF3pNvpDIF
    »11
    作ったZE
13 : ななしのよっしん :2008/10/23(木) 00:34:23 ID: RwYRUO8l9G
    「であえーであえー」の記事はまだか?
14 : ななしのよっしん :2008/12/01(月) 20:24:12 ID: 760MH+iMJ3
    海外だと、半霊の方のニックネームだと勘違いされてるみたいね・・・。
15 : ななしのよっしん :2008/12/03(水) 04:20:20 ID: uafz/tLIfY
    »14
    何がどうなってそう思われてるんだ…
16 :   :2008/12/27(土) 20:33:27 ID: yAS7xAoGHL
    みょんな勘違いだな
17 : ななしのよっちゃん :2008/12/28(日) 17:10:44 ID: yuhb6Vf1bs
    さぁ、いい夢をみょ~ん…
18 : ななしのよっしん :2009/02/08(日) 17:45:11 ID: CnYFrnRrF0
    おんみょーん
19 : ななしのよっしん :2009/02/26(木) 10:11:40 ID: mmjo4JwmWL
    ゆゆみょんは俺のジャスティス
20 : ななしのよっしん :2009/03/12(木) 11:02:53 ID: ducJKqELfz
    びみょん
21 : ななしのよっしん :2009/04/12(日) 22:58:24 ID: 5RdGh4mGbY
    radioheadのジョニーの逸話から飛んできますた
22 : ななしのよっしん :2009/08/03(月) 21:51:31 ID: /VDwj0guHg
    ようむが訛って
    みょんって呼ばれるようになったかと
    思ってたわ
23 : ななしのよっしん :2009/09/30(水) 04:07:06 ID: cu8BAym+H2
    おい、うんたらしょっとだけ記事がないぞ
25 : ななしのよっしん :2009/11/05(木) 10:37:28 ID: U7ncP6lW7l
    おいひぇぇ忘れてるぞ

    もし良ければ誰か追加お願いします
26 : ななしのよっしん :2009/11/06(金) 23:12:43 ID: QPSKR9G6ia
    ああ・・・どんどんみょんな記事が増えてるな

    いいぞもっとやれww
28 : ななしのよっしん :2010/01/10(日) 10:24:24 ID: KqWEvWafsf
    これ、何気にかばん語じゃないの?
29 : ななしのよっしん :2010/01/31(日) 17:24:45 ID: SwGM/PcGaB
    とりあえず関連に魂魄妖夢を追加してやれよ

30 : ななしのよっしん :2010/02/17(水) 17:20:19 ID: XSXevtMfkh
    1stガンダムのサブタイトル時のBGMが『みょみょみょ~ん、みょみょん!』と聞こえるのは自分だけでいい

33 : ななしのよっしん :2010/07/02(金) 03:20:47 ID: 9mbDdTIWat
    そういえばポップンの雨人形壱ノ妙も「みょん」って呼ばれてなかったっけ?


    みょん
34 : ななしのよっしん :2010/09/13(月) 13:26:30 ID: dVOJdv3YAO
    妖夢って十回言うとみょんになるわけだが

    ずっとこれだと思ってた
35 : ななしのよっしん :2010/09/21(火) 18:24:22 ID: XPrFhcj30r
    妖夢をローマ字表記すると「youmu」になる
    さらに「u」2つをひっくりかえすと「n」2つになる
    すると「yonmn」になりさらに並び替えると「myonn(みょん)」になる




    これ既出ですかね・・・

その発想はなかったわ

Dec 13

Webで見かけた文章

178 : 聖なる夜(チベット自治区):2010/12/12(日) 20:52:40.69 ID:ACQLqeU40
人生はロマサガ2のようなもんなんだよ
戦おうが逃げようがどんどん敵は強くなっていく
お前らは戦わず逃げ続けて、それで人生はハードモードと言ってるようなもん
きちんと逃げずに戦っていれば、決して人生はハードでは無かった

Dec 10

The Grimoire of Marisaについて語るスレ

67 : ななしのよっしん :2009/07/29(水) 18:08:43 ID: mvBwcez6X9
    あとがきでニコ動らしき話題が出ていたね
    やはり勇儀姉さんと空に反応したか、いいぞもっと借りるんだ
73 : ななしのよっしん :2009/07/29(水) 21:20:14 ID: HeIz6Ud/Y9
    »67
    ZUNはプレイ動画にやや否定的だというのがよく分かった。
    STGを念頭においての発言と思うけど、やはり他人のパターン化を見る前に自力でクリアするのがゲームの醍醐味であるということと、製作者として動画だけで満足せずプレイしてほしいということを言いたかったのかな。
74 : ななしのよっしん :2009/07/29(水) 21:42:26 ID: 4jGCE87rND
    »73
    そういう思いも持ってはいるんだろうけど、あとがきのあれは主にゲーム開発者の方に向けられてると思う。
    プレイ動画を見てゲーム開発にフィードバックしてはいけない、
    動画が人気な理由はゲームじゃなくてプレイヤーだと。
    創らない俺には良く意味判らんけど。
75 : ななしのよっしん :2009/07/30(木) 00:10:56 ID: HCMZ2NaIwD
    えーりんのLastWord考察でのえーりんの一言・・・
    深い意味はないんだよね、きっと。
76 : ななしのよっしん :2009/07/30(木) 00:13:34 ID: mAw1zCEP3b
    プレイ動画云々は、プレイ動画での感想を反映させたゲームを作ることに否定的なだけで、プレイ動画に否定的なわけではないぞ。
81 : ななしのよっしん :2009/07/30(木) 15:54:03 ID: HeIz6Ud/Y9
    »78
    俺は結構楽しめたぞ。
    ・スペルを食らった人間の生の感想(文花帖と似てるけど)
    ・実際に弾幕が何なのかが分かる(レイジィトリリトン→泥玉を投げられた、鳴動持国天→舞い上がった埃、など)
    ・スペルカードの意図(夢と現の呪→永遠に広がる夢と、急激に収縮する現実を表現、など)

    まあファンブックだから万人向けじゃ無いし、求聞史記なんかと比べても、特に未プレイの人には全然面白さが伝わらないとは思う。
85 : ななしのよっしん :2009/07/31(金) 04:10:04 ID: Mvc7nt3C8/
    スクリーンショット、TOKIAMEさんが撮ったんだよなぁ……。おくうのスペカの通信ゲージとか見れば分かるけどかなり上手いことに吹いた
    敵のスペカがよくわかるように、という風に少なくとも撮影部分はノーショットだし
    しかしポリグラフ時点では残機たっぷりなのにフィロソフィに挑む時にはフルボッコにされていたりとかはやけに親近感が湧いたw

93 : ななしのよっしん :2009/08/01(土) 19:08:09 ID: I2VITyGQA6
    仲良し姉妹ってことじゃないの?
    それより、妹紅のスペカの備考が良く分からんのだが……
94 : ななしのよっしん :2009/08/01(土) 19:31:15 ID: k8IKvulhDD
    鳳翼天翔の備考は聖闘士聖矢の事
    ウーの備考はサザンアイズの事
125 : ななしのよっしん :2009/08/11(火) 14:22:43 ID: pMJQFxb1zW
    みんな気づいてるだろうが、ミシャクジだけボーナス失敗のままSS撮ってるな。
149 : ななしのよっしん :2009/11/05(木) 23:22:10 ID: 66IP4xbuym
    ポテチ袋ってポチ袋の誤記だよな?
171 : ななしのよっしん :2010/04/07(水) 20:29:54 ID: pR+XYE2d1A
    今更買ってきたが
    永琳のスペルは動きを制限するのが多いとあった
    永琳は緊縛好きだったのか……
172 : ななしのよっしん :2010/04/07(水) 23:16:52 ID: JXH2qINYu5
    本人が望んで輝夜に束縛されて満足してるわけですし
173 : ななしのよっしん :2010/04/15(木) 15:38:26 ID: KS8nMmTxd6
    »172
    その返しはちょっと感動した

Sep 22

Webで見かけた文章

11 名前: AV監督(長屋)[] 投稿日:2010/09/21(火) 19:53:50.42 ID:3bVBvIoa0
過去、幾多のファンサブ型コンテンツがありました。過去15年、私はそれに付き添ってきました。

ときめきメモリアルを愛しました。
1にて最盛期を迎え、2で衰退し、3で崩壊し、GSで蘇り、4にてそのブランド力を取り戻せた、不死鳥のごときタイトルです。

センチメンタルグラフィティを愛しました 発売前に狂騒し、発売後の暗黒太極拳にて崩壊し、2にて滅亡した、バブルのごときタイトルです。

サクラ大戦を愛しました。
1にて勃興し、2で完成し、3で発展し、4で小さく完結し、5にて失墜した、
広井ブランドの限界そのものがごときタイトルです

シスタープリンセスを愛しました。
誌上にて燃え上がり、ゲームにて燃え盛り、アニメにて(個人的に幻滅しつつ)燃え広がり、
やがてゆるやかにその火が消えていった、
唯一、平穏な衰亡を迎えることができた、灯火のごときタイトルです。

そしていまここに、アーケードより支えられ、360版によって広がり、
ニコニコ動画によってその名を確たるものとし、SP、DSによる展開で困惑させられながらもその愛を注ぎ込まれた作品の、
アイドルマスターの待望の2作目が、発売する前に、爆散し、燃え尽き、灰となるのを、いまこの目で見、心で痛感しています。

愛しています。この、どうしようもないオタクたちが群がる、まったく成長しない、男が女を愛することを決してやめないのと同じような、
人類の業そのもののようなコンテンツたちを、私は愛しています。

そして愛ゆえに憎むのです。愛ゆえに裏切りに苦しみ、嘆き、悲しみ、憤り、涙するのです。
制作陣からコンテンツへの愛をまったく感じません。
そして愛のない作品は早晩、いえ発表と同時に潰えたのです。

アイドルマスターは、死にます。誰が殺したのかは、もう誰もがみな知っています。
伊織をかえせ。

Aug 26

忘れもしない今年の5月18日。 武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。 「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」 妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。 普段から心底思ってはいた。 「いつ死んでも仕方ない」 とはいえあまりに突然だった。

確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。 気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。

宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。 頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。 「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」 しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。 病状は確実に進行する日々だった。

一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。 だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、 「ちゃんと死ぬための用意」 にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。 その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。 もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。

手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。 後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。 「はぁ…やっと死ねる」 なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。 「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」 聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。 それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。

ということで早速腹はきまった。 私は自宅で死にたい。 周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。 妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。 あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。

妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。 寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。 「死ぬってのも悪くないかもな」 理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。 ただ、一つだけどうしても気に入らない。 「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」 と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。 「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」 こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。 死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。 死ぬのもツライよ。 断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。 ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。 私が暮らしているあの家へ。

少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。 自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。

さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。 ところが。 肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。 ありゃ? ある意味、こう思った。 「死にそびれたか(笑)」 その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。 不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。 妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。

生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。 エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。 そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。 実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。 インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。

死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。 家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。

出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。 それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。 病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。 だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。 顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。 みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。 自分の生きた世界を愛している。 そう思えることそのものが幸せだ。

私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。 いま死について思うのはこういうこと。 「残念としかいいようがないな」 本当に。

しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。 両親とマッドハウス丸山さんだ。 今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。 遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。 許しを乞いたいような気持ちだった。

自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。 「すいません、こんな姿になってしまいました…」 丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。 感謝の気持ちでいっぱいになった。 怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。 勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。

一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。 映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。 何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。 もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。 スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。 けれど少しは理解もしてやって欲しい。 だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。 かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。

私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。 丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、 「大丈夫。なんとでもするから心配ない」 とのこと。 泣けた。 もう号泣。 これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。 今回も同じだ。私も進歩がない。 丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。 才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。 何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。 確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。 それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。 今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。

両親に告げるのは本当に切なかった。 本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。 「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」 突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。

それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。 一大決心をして親に会うことにした。 両親だって会いたがっていた。 しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。 私は本当に幸せだった。 ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。 私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。 寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。 「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」 何も言えなかった。

両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。 顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。

ありがとう、お父さん、お母さん。 二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。 数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。 幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。 本当にありがとうございました。

親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。 特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。

両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。

最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。 あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。 でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。 「私、最後までちゃんと伴走するからね」 その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。 「私の妻はすごいぞ」 今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。 私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。 思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。 けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。 生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。

気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。 最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。 自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。 しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。 深く深く感謝いたしております。

そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。 本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。 2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。 何から何まで、本当に世話になった。 で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。 そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。 心から頼む。

さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。 世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。

じゃ、お先に。

今 敏

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Aug 02

DSソフト「迷宮のロリィタ」レビュー

良い点
・Bダッシュが出来る
・会話が激しくビミョー
・メイドが「ケーッケッケッケッ」と笑って萌える
・移動が1マスずつなため、“戦術的な雰囲気”が楽しめる
・新規参入のメーカーなのに、採算と今後のことを全く考えてなさそうなところに燃える
・アナザー○ードなど比較にならないくらいびみょ・・・楽しい
・なんだかんだいって売切続出な上、おそらく出荷本数は少ない
・アンチ発言をも笑って「そうだねw」と流せるオーラを感じる
・他のハードに移植されることは無いと断言できるので、DSのキラータイトルと言えなくも無い
・ドレスによってはただの“ロリ”だがそれでも良い
・メイドより萌える執事がいる
・珈琲飲みながら遊んではいけない。噴くこと間違いなし。
・驚くべきことに、バックライトのON、OFF機能があり、なおかつ必要性があまり感じられない

悪い点
・なし

Jul 07

胸ソムリエの理念

まず、胸は大きさが全てだと思っている人間。これは最低だ。正直会話もしたくない。
次に、胸は形が全てだと思っている人間。これも最低だ。正直視界にも入れたくない。
そして、胸で女性を選ばない人間。おぱっ!?お前はアルシエルの総意を怒らせた。

ワインのソムリエが赤ワインと白ワイン、どちらも等しく愛するのと同じように、
胸ソムリエにとって、全ての胸を愛するのは当然のこと。
どのような胸であっても、その胸が秘める魅力を発見し、パトスとロゴスの二つをもって論じ、悟らせる。

その過程において胸ソムリエは、留まることなき胸への想いをまるで一つの詩のように紡ぎだす。
これがアルトネリコ2のキーワードにもなっている、メタファリカである。
メタファリカは胸へのパトスとロゴスの二つが備わっている状態で紡いで、初めて効果を生む。
もしどちらか一つが欠落したまま胸ソムリエを気取って、メタファリカを謳ってしまうと
魔大陸という枯れた男しかいない世界のコアになってしまう。要注意。

さて、次は・・・え?長いって?おい、俺の胸への熱い情熱を遮るな。

限界まで貫かれたいのか?

Jul 04

■幻想郷異変事態レベル一覧

■幻想郷異変事態レベル一覧
*レベル5が、最高ランクです。
レベル1:人里が封鎖を開始。(避難勧告発令)
レベル2:博麗の巫女出動。(異変対策本部の設置)
レベル3:妖怪の賢者、住民に向けて会見(幻想郷非常事態宣言)
レベル4:龍宮の使い介入、龍神が出現(龍の管理下へ)
レベル5:魅魔様が新作に出る。(幻想郷滅亡)